リンゴォblog

男の世界へようこそ

広瀬八段の黄金の道あるいは合コンにおける敗着

先日の合コンで、参加者の趣味の話題になった。
普段なら「まぁ、バスケとかジム通いとか身体を動かすことかな」と、
無難かつ嘘ではないことを答えるようにしているのですが、
その時は昼間の暑さにやられていて、ついついビールを飲み過ぎたせいで、
「将棋が趣味ですね。指すのも好きだけど、観るほうが好きですね」と、
ガチなほうを答えていた。

だって、「趣味が将棋です」と答えてもほとんど場合、会話に広がりが
生まれないんだもん。
「え!?私も将棋、大好きです!好きな戦型は角換わり合腰掛け銀で、
好きな棋士丸山忠久さんです!」
なんて言う女の子がいるだろうか。
乃木坂46伊藤かりんちゃんでもそんなこと言わないだろう。

ほとんどの場合は水を打ったように静まり返った後に、
「このカベルネ・ソーヴィニヨン、飲みやすいね」なんていう、
どうでもいい話題に速やかに移行してしまうのだ。

ただ、その日に限っては、偶然盛り上がった。
というのも王位戦第二局で敗れた挑戦者広瀬八段のほんの一瞬の表情が
あまりにもインパクト大で、下記のような形でtwitterで広がり、
2chまとめなどでも紹介されたためだ。

「羽生さんに負けた若い人の顔、いっちゃってたね!」
「もう心折れちゃってるって感じだったね!」
と。

おいおい、ちょっと待てと。
広瀬章人八段がたった2局落としたくらいで心が折れるはずないだろう。

そもそも広瀬八段は、タイトル獲得経験もある超一流棋士で、
前期は「天才の中の天才の中の天才」のみに在籍が許されるA級に在籍し、
初参戦ながら名人戦出場プレイオフにまで出場しているわけで、
なにより、この王位戦の挑戦者決定戦では、
「棋界のライジングドラゴン」菅井竜也に対して抜群の終盤力で
勝利をものにしたんだぜ。

ここまで話して、僕の合コンは華麗なまでにトン死していた。
敗着は熱くなったことに尽きる。

王位戦第三局

さて、本日、負ければ一気に土俵際となる第三局は最終盤まで
後手の羽生王位勝勢と言われていたのが、驚愕の逆転劇で
広瀬八段が羽生王位に土をつけると同時に対羽生戦の連敗を9で止めた。

今月発売の『将棋世界』の特集で、広瀬八段は自らの代名詞となっていた
「振り穴」を封印した理由を、
「これは、羽生さんには通用しない」と悟ったからだと語っていた。

この言葉の重み。

棋士なら一度は獲ってみたいと目指し続ける「タイトル」を
23歳で獲得するという絶対的な成功体験、
プロになる前から指し続けた自らのスタイルを捨て、
新しいスタイルを目指すという決意。

本当にそこから居飛車中心となって、自らを失冠させた羽生王位に、
現在絶賛挑戦中。

栄光から一転、自らの限界を突きつけられるという、
男にとってこれ以上ないという挫折から這い上がってきた男が、
たった二局落としたくらいで心が折れるはずがないだろう。

王位戦第三局、敗勢と言われていた127手目に広瀬八段がぶっ放した
「▲5八飛」は後手羽生陣の守備の要である馬を直射し、
その先の羽生玉の急所に突き刺さっていた
5八飛は、広瀬八段の進む黄金の道を指し示しているように、僕には見えた。
(専門的には好手じゃなかったとしても)


広瀬八段の戦いざまから、自らのだらしない生活を省みるのなんて、
簡単だ。誰でもできる。
そんなくだらない教訓なんてどうでもよくて、
ただただ震えるような感動を味わえるのが将棋観戦の醍醐味なんだよ、
と次の合コンでは優しく解説しようと思う。

広瀬八段の王位挑戦と僕の合コン挑戦はまだまだ夏を熱くさせるだろう。